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2.糖尿病網膜症

編集:東京大学大学院眼科准教授 加藤 聡 先生

ハ~ロ~! 調子はどーお? 今回のテーマは糖尿病網膜症。なんだか最近、糖尿病ってよく耳にするよね。尿に糖が出る病気が「糖尿病」でしょ? なのに、どうしてその糖尿病が眼に悪いんだろう??

眼に現れる糖尿病の影響

増え続ける糖尿病

 近年、患者数の増加が著しい病気の代表に、糖尿病があります。国内の患者数は約1,000万人、予備軍を含めると、約2,000万人になります。糖尿病は合併症(余病)が怖い病気で、合併症はとくに腎臓や神経、そして眼に現れることが多く、これらは三大合併症といわれます。

 眼の合併症は、糖尿病と診断されたときから定期的な眼科の検査を受け、糖尿病と眼科の適切な治療を続けていれば、確実に防げます。しかし、実際には糖尿病を放置している人が少なくなく、毎年多くの人が、糖尿病の合併症で視力を失い、成人の失明原因として非常に大きな比率を占めているのです。

視覚障害の原因疾患

厚生労働科学研究費補助金難治性疾患政策研究研究事業
「網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する調査研究 平成28年度報告書」



網膜が冒されてきます

 眼の奥の方には網膜という組織があり、これはカメラにあてはめるとフィルムにあたります。網膜は、瞳から入った光の明暗や色を感知する役割をもっていて、ものを見るために大変重要なところです。網膜症とは、なんらかの理由でこの網膜が傷められ、カメラでいうと、フィルム(撮像素子)の感度が低くなったり、フィルム自体が破損してしまった状態になる病気のことです。網膜症が起きる大きな原因として、糖尿病があげられます。程度の差はありますが、糖尿病の患者さんの約3分の1に、網膜症が起きているといわれています。

 なぜ糖尿病で網膜症になるのでしょう。それは、網膜には細かい血管が全体に張りめぐらされていることと、糖尿病が血糖値の高い状態が続く病気だということに関係しています。血糖値が高い状態では血管に多くの負担がかかり、血液の流れが悪くなってきます。細かい血管が密集している網膜は、高血糖の影響を非常に受けやすいのです。

糖尿病という病気

糖尿病は、血液中のブドウ糖濃度(血糖値)が高い状態、すなわち高血糖状態が続く病気です。健康な人では、食事の後、膵臓すいぞうからインスリンというホルモンが分泌されて、食べたものに含まれる糖分をエネルギーに変換します。糖尿病では、このインスリンの量や働きが低下してしまうのです。

 糖尿病には、喉が渇く、多尿などの症状がありますが、これらは血糖値がかなり高くならないと現れません。血糖値が多少高い程度の状態では自覚症状はほとんどないために、糖尿病を治療しないでいる人が少なくありませんが、合併症はからだの中で確実に発症・進行しているのです。糖尿病の眼の合併症は網膜症以外に、白内障をはじめ、さまざまな病気があります。

 糖尿病は、完全に治るということのない病気ですが、正しい治療を続けていれば、糖尿病でない人と全くかわらない生活を送ることができます。

 なお、糖尿病にはふたつのタイプがあります。膵臓のインスリン分泌能力が全くない1型糖尿病(生存のために体外からのインスリン注射が欠かせないタイプ)と、膵臓のインスリン分泌能力がある程度は残っている2型糖尿病です。日本人の糖尿病のほとんどは2型糖尿病で、これは生活習慣病の一種ですから、治療には生活習慣の改善が欠かせません。

フムフム。糖尿病は、ただ「尿に糖が出る病気」って思っていたけど、それだけじゃないんだ。それに自覚症状が少ないってことは、病気が悪くなっても、自分では気がつかないっていうことだよね。それだからちゃんと病院で検査をしてもらわないといけないってことなのね~。



症状がないまま進行する糖尿病網膜症

 糖尿病網膜症は、次のような段階を経て進行します。

正常な眼底

※印の語句は、このページの後半に解説があります。



単純網膜症

 網膜内の血流が悪くなり始めた、網膜症の最初の段階です。

単純網膜症

網膜の状態

 血管の所々に障害が現れ始め、毛細血管の一部がこぶのように腫れる毛細血管りゅう、血管の壁から血液が染み出した点状・斑状出血、血液中の血漿けっしょう成分が染み出してつくる硬性白斑などが現れる。

症状

 全くない。

検査

 3~6カ月ごとに精密眼底検査※1を受ける。必要なら蛍光眼底撮影※2も。

治療

 糖尿病の治療(血糖コントロールの改善)と網膜循環改善薬※3などの内服薬の服用で進行を防ぐ。初期の単純網膜症なら、血糖コントロールの改善で軽快することもある。



増殖前網膜症

 血管が詰まって、網膜の一部に血液が流れていない虚血きょけつ部分が生じてきた段階で、そのまま放置すれば次の増殖網膜症に進行します。

増殖前網膜症

網膜の状態

 血流が悪い部分の細胞が変化してシミのように見える軟性白斑、血流が全く途絶えてしまう血管閉塞、静脈が異常に腫れあがる静脈異常、血管から染み出た血液成分が網膜内に溜まり網膜が腫れる網膜浮腫ふしゅなどが起きてくる。

症状

 ほとんどないが、黄斑おうはん部に浮腫(黄斑浮腫)が起こると著明な視力低下。

検査

 1~2カ月ごとに精密眼底検査や必要に応じて蛍光眼底撮影などの眼科検査。

治療

 血糖コントロールの改善とともに、虚血部分の網膜にレーザー光凝固※4を行い(局所凝固)、増殖網膜症への進行を阻止する。黄斑浮腫に対しては、抗VEGF薬注射やレーザー光凝固、硝子体しょうしたい手術※5を行う。
(黄斑浮腫についてはシリーズNo.3「糖尿病黄斑症」を参照ください)



増殖網膜症

 虚血部分に酸素や栄養をなんとか送り込もうと、新生血管が伸びてくる段階です。新生血管の発生は、一見理にかなっているように思えます。しかしこの血管は、大変もろく出血しやすい血管で、新生血管が破れて網膜の表面や眼球内(厳密には硝子体内)に出血が広がると、視力に大きな影響を及ぼします。

増殖網膜症



網膜の状態

 新生血管が網膜の表面や硝子体に伸びてくる。新生血管から染み出た成分が刺激となって、薄い膜状の増殖膜が形成される。新生血管が破れることで硝子体出血、増殖膜が網膜を牽引し網膜剥離はくりが発生。

症状

 視力の低下や飛蚊症ひぶんしょう。ただし、硝子体出血や網膜剥離が起きていなければ、この段階でも症状がないこともある。

検査

 2週~1カ月ごとの眼科検査。必要があれば超音波検査※6

治療

 黄斑部を除く網膜全体に光凝固を行う(汎網膜凝固)。新生血管そのものを凝固することも。硝子体出血や網膜剥離が起きてしまった場合は、硝子体手術などで視力の回復をめざす。



増殖停止網膜症

 治療により、病状が安定した状態です。ただし、再び進行し始める可能性もあるので油断はできません。

網膜の状態

 以前発生した新生血管や増殖膜の活動は停止している。

症状

 眼科治療後の視力を維持。

検査

 2~6カ月ごとの眼科検査。

治療

 血糖コントロールの改善、内服薬の服用。

糖尿病を治療しないでいると、大変なことになるのねェ。
糖尿病から眼を守るためには、どうすればいいのか、ちゃんと確かめておいてね。

糖尿病網膜症といわれたら

 このように、網膜症は徐々に進行しますが、注意しなければいけないのは、かなり進行しても、視力の低下などの自覚症状がほとんどないということです。そして、糖尿病そのものも自覚症状の少ない病気です。

 だからといって糖尿病を放置していると、ある日突然、目が見えなくなった、目の前が真っ暗になったとあわてて病院に駆け込み、硝子体出血や網膜剥離と診断されることもあります。

「自分のことは自分が一番よく知っている」、「忙しくて通院していられない」、「検査しないとみつからないような段階ならまだ大丈夫」といっている人は、合併症が間違いなく発症・進行するといえます。糖尿病と診断されたら、適切な治療を続けていくようにしましょう。

 そして、定期的に眼科検査を受けることも忘れないでください。検査・治療を続けていれば、糖尿病が原因で失明することは、必ず防げるのですから。



語句解説コーナー

難しい言葉の説明はここを見てネ。

※1 精密眼底検査

 眼は光を感知する器官ですから、内部は透き通っていて、瞳孔から眼球の奥のほうを覗くことができます。これを利用して、眼底のようすを観察するのが眼底検査です。

 精密眼底検査とは、眼底をより詳しく観察するために、散瞳さんどう薬という瞳孔を拡げる目薬をさしてから行う検査です。散瞳後は眼の中に入る光が多くなるので、薬が効いている数時間は、まぶしさが続きます。精密眼底検査を受ける日に、車を運転しての通院は控えましょう。

 なお、生活習慣病健診など、ポラロイド写真撮影による眼底検査では通常、散瞳せずに検査します。

※2 蛍光眼底撮影

 網膜の血管の異常を正確に把握するため、造影剤を静脈注射した後、眼底写真を撮影する検査です。網膜の虚血きょけつ部分の位置や血管の弱さなどが明確になり、治療法の決定に役立ちます。

※3 網膜循環改善薬

 糖尿病網膜症が起きる最初の原因は、高血糖による血流障害で、網膜の細胞に酸素や栄養が行き渡らなくなることです。なんらかの手段で血流を改善すれば、網膜症の進行をくい止めることができると考えられますので、血管を拡げる作用のある網膜循環改善薬(カリジノゲナーゼ)などが用いられます。

※4 レーザー光凝固

 網膜の虚血部分へレーザー光を照射し、熱で凝固してしまう手術です。これにより虚血部分の酸素の必要量が減り、そこに新生血管が伸びてくるのを事前に防ぐことができます。また、新生血管がある場合は、血管そのものを凝固することもあります。この手術は、受ける時期が早いほど効果が高く、早期で 80パーセント、時期が遅いと 50~60パーセントの有効率です。

 1回の手術で数十から数百箇所凝固し、必要があれば何回かに分けて、千箇所以上凝固します。1個の凝固は直径 0.2~0.5ミリの円形のスポットで、ちょうどカメラのフラッシュをたくような状況です。比較的短時間で終わり、それほど痛みもなく、外来(日帰り)で受けられる手術です。

 なお、光凝固はあくまでも新生血管の発生を阻止し、網膜症の進行を止めるのを目的とした手術です。すでに視力が低下している場合でも、その時点の視力を維持するために行われるもので、視力回復の手段ではありません。

 中には網膜細胞を凝固したことが、視力の低下などの影響を及ぼすこともありますが、失明という最悪の事態の予防を目的に、今日では積極的に行われています。また、将来硝子体手術が必要になった際には、光凝固をしてあるか否かが手術の成功率に影響してきます。

※5 硝子体手術

 硝子体手術は、硝子体出血や網膜剥離により低下した視力を、少しでも回復させるためや、視力にとって一番大切な黄斑を守る予防的な意味でも行われます。

 硝子体は網膜の前にあって、眼球の大部分を占めるゼリー状の組織です。手術では、硝子体内の出血している部分や増殖膜を切除・吸引し、人工の眼内灌流かんりゅう液に置換して、内部を透明にします。そのほかに、出血部分を電気で凝固する、網膜裂孔れっこうの周りを光凝固で固定する、網膜剥離を復位させる、などを行います。これらは眼球内に、照明用の光ファイバーや硝子体吸引器具などを差し込んだうえで、手術用の顕微鏡を覗きながら行う、とても細かい作業です。

 手術を受ける患者さんが一番知りたいことは、どの程度視力が回復するかということでしょう。例えば白内障の手術なら、濁った水晶体を眼内レンズに入れ替えることで、99パーセント満足のいく結果が得られます。しかし、硝子体手術は眼球内のさまざまな組織を修復する複雑な手術で、すべてが成功しても視力はそれほど回復せずに、患者さんにとっては満足を得られない結果になることもあります。手術前の硝子体や網膜の状態によって大きな差がありますが、手術が成功しても 0.1以下の視力で、なんとか自分のことが一人でできる程度にとどまるケースもあります。

 視力の回復のためにはやはり、なるべく早い段階で手術を受けることが大切です。幸いにも手術用具の進歩によって、近年では手術の成功率も上がり、積極的に硝子体手術が行われるようになってきました。

※6 超音波検査

 硝子体出血が起きていると、眼底検査をしても眼底まで見通せないため、網膜剥離の有無などを確認できません。そんなときは超音波検査を行います。


シリーズ監修:堀 貞夫 先生 (東京女子医科大学名誉教授、済安堂井上眼科病院顧問、西新井病院眼科外来部長)
企画・制作:(株)創新社 後援:(株)三和化学研究所
2017年11月改訂